[かかわりの中で生きることを考える]
園長である私は、愛知県私立幼稚園連盟の第2教育研究部長として新人や3年目教員、主任先生や園長先生のための研修を企画し実施しています。連盟では、1年間の教育研究活動をまとめた紀要というものを第1教育研究部と協力して発行しています。
平成18年度紀要には、「かかわりの中で生きることを考える」という特別論文を掲載していただきました。ご興味のある方は、ご一読いただき、忌憚のないご意見を頂戴できればありがたく存じます。
内容は、特別な思いや理論を振りかざすのでなく、現場の先生やお母様方の目に触れてもご理解いただき易いようになるべく平易な表現に努めました。拙文ですが、よろしくご指導くださるようお願い申し上げます。
最初に
私たちは、社会という様々な人とかかわる世界で生きています。好むと好まざるにかかわらず、多くの人とかかわることで生きていけています。近年、人とかかわることが苦手で、社会にうまく適応できない人が増えてきています。また、自分の心の安定を図ったり欲求を満たすために人に迷惑をかけたりしてしまうこともあります。一人一人をとってみると、どの子どもも良い子で、みんな幸せになりたいと願っています。それなのに、さまざまなトラブルが発生するのは、人と人との関係をうまく作っていけないからであると考えられます。今後、ますますコミュニケーションする力は重要になっていくのに、逆にそれを育てる素地が弱くなってきています。教育の重要性はますます増しています。
人間らしい育ちとは
昔もさまざまな問題や事件もあったでしょうが、現代ほど心の病や問題で、人々が悩まされる社会ではなかったと思われます。高度成長時代から核家族化が進み、いまや個食の時代と言われています。昔は人が育つときに、様々な人とかかわり、いろんなモデルを見ながら自分を自分のペースで創ってこれました。おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さんやたくさんの兄弟と一つ屋根の下で生活し、ご近所のおじさんやおばさん、お兄ちゃんやお姉ちゃんとかかわることができました。育つための生きるための情報を周りからたくさん得ることができました。
ところが、現代は両親と子どもが1人や2人といった家族構成であり、ご近所には親しい人も少なく一緒に遊べる同年代の子どもも少ないという社会環境になってきており、子どもが育つためにはあまりにも貧しい環境と言わざるを得ません。
時代が変われば子育ても変わると言われるかもしれませんが、個体発生は系統発生を繰り返すという言葉があります。一人の人間が、生物の進化を一人で成し遂げて成長するということです。これは、動物的進化だけではなく、実は現代の人間にまで成長するためには、人間の文化的進化も一人の人間が成し遂げる必要があるのではないかと思われます。
動物的進化の過程をひとつでもパスすると、今の人間にまで進化できないように、人間の文化的発達を何かひとつパスしてくると、動物的には人間の格好をしていても、心が今の人間にまで進化できないのではないか、と思われます。文化的成育に関しても順序性があり、人間の文化的発達の歴史を一人の人間が再現することにより発達のための素地が出来上がり、人間らしい育ちをすることが出来るのではないかと考えられます。
また、ある先生は次のように言っています、昔の貧しかった時代には生きていくために子どもも家庭の中で仕事を持っていた。作業を手伝ったり、農作物を一緒に運んだり、子守をしたり、かまどの火をくべたりする中で、たくさんの知識や情報を得ていた。また、やり遂げた達成感や、自分が人の役に立つことを認識し生きている充実感を味わったりすることが出来ました。しかし現代は、家事も電化製品がボタンひとつでやってくれるので、子どもが家庭でやる仕事がない。だから、ゲームをしたりテレビを見たりするしかない。
子どもは仕事をすることやお手伝いをすることが嫌かというと、そうではないと思われます。むしろ、大人がやっていることを自分達もやってみたくて仕方がない。面倒とか大変とかは関係なく、ただ単にやってみたいという気持ちが十分持ち合わせてます。なるほど、園での子どもたちの様子を見ると、掃除であれ空き缶の整理であれ片づけであれ、大人がやっていると、「何をやってるの。手伝ってあげる」と言って、手伝ってくれることがよくあります。大人が面倒だと思う作業でも、子どもたちは面白そうだと思って結構手伝ってくれます。最初はうまく使えなかったほうきも、回を重ねるごとに上手になっていきます。空き缶の整理でも、最後まで根気よく手伝ってくれる子どももおり、感心させられます。生きるための作業も子どもにとっては面白そうな遊びに変わってしまいます。実は、子どもは生活の中で多くのことを学んでいるのです。
昔の子どもも今の子どもも、自分から伸びようとしています。子どもが変わったのではなく、子どもを取り巻く環境が変わり、その結果、子どもの育ちが影響を受けていると考えられます。そのような社会の変化を理解し、保育を組み立てる必要があります。
かかわりで育つということ
幼児期の教育が、環境を通して行う教育であり、幼児が自ら周囲に働き掛けてその幼児なりに試行錯誤を繰り返し、自ら発達に必要なものを獲得しようとする意欲や生活を営む態度、豊かな心を育むことを目指していると、教育要領に述べられています。
また、幼児が自ら周囲の環境に働き掛けて様々な活動を生み出し、それが幼児の意識や必要感、あるいは興味などによって連続性を保ちながら展開されることを通して育てられていくものである、とも述べられています。
このような発達観は、心理学や生理学など、さまざまな人間に関する研究からわかってきたことを元にしています。子どもがかかわりで育つのであれば、その経験の多寡と質が問題になります。保育の現場において、子どもの発達が経験によって達成されることから、望ましい発達を遂げるためのねらいやそれを達成するための手段としての内容を如何に指導計画に盛り込んでおくかということが大切になってきます。
かかわりの質について考える
子どもと教師とのかかわり
子どもにとって、園の先生は絶対的な存在であることが多いようです。時として、親よりも担任の先生のことを信じるということがあります。それだけ高い信頼を子どもが教師に抱いているとも言えます。もちろん、それは最初からあったわけではなく、教師の不断の努力、子どもに対する愛情を子どもが感じ取ってくれた結果でもあります。大きな影響力を持っているということから、教師の言動には配慮が必要です。
たとえば、叱ったこともない子どもが教師のことを恐いと思うときがあります。いたずらっ子を大きな声で叱っている時、それを見た子どもは、もし、自分がうっかりと失敗してあのようなことをやってしまったら同じように叱られると思い、それが頭から離れなくなり、実際には教師から叱られてもいないのに、教師のことを恐れるような事態も起こります。逆に、誰かを優しく抱擁し、心を癒しているのを見たとき、実際には自分が抱擁されてもいないけれど、何かあったら、あの先生はきっと私のことをあのようにやさしく接してくれるだろうと信頼感を抱くこともあります。もちろん、鋭く感じる子もいますし、そんなことはおかまいなしに、元気よく飛び跳ねる子どももいる事でしょう。大切なことは、いろんな子どもがいるということです。一人一人の特性、感受性、生育歴に応じた発達援助が必要ということです。
子どもに、お手伝いをお願いするとき、順番だからとか、みんなで生活を作るのだから協力するのが当たり前などと、理屈で責めるとき、子どもの頭の中はそれを受け入れ理解できるほど成長できているでしょうか。基本的には、人間は情の生き物です。理屈の生き物ではありません。今、私達が生き、暮らしている世界が理屈で作られ、理屈でコントロールされているので、つい、子どもも理屈で考えてしまうこともありますが、子ども自体が自然のものであり、情の生き物である以上、理屈を押し付けても上手くゆかないことは当たり前かもしれません。
子どもと子どものかかわり
子どもたちは、お互いの気持ちをぶつけ合いながら生活しています。気持ちがぶつかってトラブルになったとき、そんな時こそ、子どもたちに考えさせるチャンスです。どちらが正しくてどちらが間違っているかということを裁定してトラブルを治めるのが教師としての役目ではなく、その時こそ、子どもたち自身に、なぜそうなったかを考えさせ、自分で問題を解決したり、問題を回避したりする力を養うことが教育上大切です。
また、同じ思いの子どもたち同士を、さらに心が共振し、より深い信頼関係を結ぶことができるような手立てを考えることも大切です。
教師と保護者とのかかわり
どの保護者も、わが子がかわいく大切に思っています。子ども同士のトラブルがあったとき、わが子大切に思うあまり被害者意識を抱いてしまうことは仕方ありません。情況をきちんと説明し、理解していただこうと考えても母親の感情が先行し、対話にさえ苦労することもあります。相手の気持ちに理解を示すと言っても、どうしてこちらの言い分は聞いてくれないのだろうと考えてしまうこともあります。でも、保護者にとっては、まずわが子の一大事なのです。冷静に考えられる人もいますが、感情的になってしまう人には、まず、その気持ちに理解を示すところから入らないと、次の段階には進みにくいですね。
最後に
様々なかかわりの中で私たちは生きていますが、相手の気持ち、思いを感じるところから入っていきたいものです。自分の思いと人の思いとは異なりますから、自分の思いを相手に押し付けない配慮が、逆に、相手の思いをまず理解することが大切かと考えます。様々な人間関係を整理し、もつれをほぐして、スムーズにする。そして、それぞれの人が自分の思いを素直に外に出し、それを受け止める人がいて、そのかかわりにおいて充実感を味わったり、未来への希望を抱いたりする。そんな人間関係を作ることが保育の上でも大切なのではないでしょうか。
正しい理論を理解し実践することも大切です。でも、現場は、それぞれの人間の真実が現れています。現場での悩み苦しみ、嬉しさや喜び、そんなものを素直に表し、皆で共有し分かち合う。心情面でつながりのある教育界にしていきたいと思います。