叱り方の難しさ(バスジャック事件から)

14歳の少年によるバスジャック事件が東名高速道路で発生したことは、すでに新聞テレビ等です報道され、さまざまな解説がなされています。
少年によると、親から叱られた腹いせに、親を困らせたかったというところのようです。これは、幼児に置き換えてみると、大人が自分の言うことを聞いてくれないときに、泣いたり駄々をこねたり、すねたりする。おもちゃやお菓子が欲しいときには、店の中でひっくり返って泣き喚く。と同等のように思えます。
ということは、この少年は幼児からどのくらい成長できたのかが問題になります。生きていくということは、自分の思い通りにならない外界(社会:人との関係、制度、もの等)に対して、自分なりに適応していくことです。
自分の思い通りにならないからと、外界に対して圧力をかけたり攻撃を仕掛けたりしても、うまく適応はできません。かえって反発を招き、事態を悪化させる恐れもあります。
適応するとは、迎合するのではなく、自他ともにその存在も認め合いながら共存すると言っていいかもしれません。そのために必要な力は、生活を通して身につけられます。


犯人の少年は、自尊心が傷つけられたと言っています。彼女との交際を巡り、午前2時頃まで説教をされていて、その日の未明に家出をしたようです。人間にとって、自尊心を傷つけられるほど辛いことはありません。でも、目に見えないだけに大変難しい問題です。
自尊心は、ものごころついた頃から少しずつ育てられます。人から自分の存在を認められ、何でも十分にできるわけではないけれど、大好きといってもらえる。ただ、元気良く生きているだけでその存在を全と認められかわいがられるところから出発します。
忘れていけないのは人との関係です。人は人とのかかわりの中で育ちます。自尊心にしても、人を大切にする心も、自分の思い通りにいかないことが起こったときも、その時の周りの人間の対応のあり方から大きな影響を受けて育ちます。
子どもは、育てたように育つといわれるのはそのためです。知らず知らずのうちに、私たちが子ども達と関わる姿から、子ども達は学び成長していっているのです。
自然に勝手に成長するのではなく、環境との関わりのあり方から成長していっているのです。その意味からいえば、子どもが勝手に曲がっていくとか非行に走るようなことはあまりなくて、周りの影響を受けて、様々な姿を見せていっています。
小さな子どもに、理屈で説明してもなかなか理解してもらえない経験をしたことがおありかと思います。それは、言語的な理解(言語を手がかりにしてイメージを思い浮かべて意味を理解する)をするための基礎が未熟であるためです。繰り返し繰り返し伝えることも大切ですが、押し付けや強制になっていないか検証する必要があります。
発達の順序に従い、その時の発達課題に即した経験や援助が問われます。このような事件を見聞きすると、本当に残念でなりません。どの子もどの子もすばらしい力を持ち、立派に育ち社会に貢献する未来があるはずなのに・・・。
心の発達においては、特に乳幼児期のあり方が大切になってくると思います。保護者の皆様、これからもしっかりと情報交換しながら、子どもの発達をともに援助していきましょうね。