子どもの育ちと動物の進化

ヒトは、たった1つの受精卵から細胞分裂をし、母親の胎内で裸のサルにまで進化します。魚のような形をしていたり、えらのようなものがあったりして、動物の進化の過程を一人で成し遂げています。(個体発生は、系統発生を繰り返す)
裸のサルになって、オギャーッと生まれてからは、サルから人への進化をします。4足での移動から2足歩行になり、言語を獲得していきます。まさしく、言語は子どもが獲得していくのです。
サルからヒトへの進化は、丁寧におこなわれなければなりません。長い年月をかけ、様々な経験から実際の歴史で進化してきたように、子どもにもその進化の過程をきちんとおさえさせながら、そのための経験ができるような援助や環境の設定が必要ですね。


人間としての能力は、子ども自身が主体となって獲得していくのです。ヒトとして生まれると、ヒトとしての能力を有しているのではなく、ヒトとしての形質は遺伝的に有しているものの、人間社会で生きていくための言語や心情、意欲、態度といった能力は、環境との相互作用から獲得していかねばなりません。
今までの人間が順序良く獲得してきたものがあり、それにしたがって経験の中から獲得し発達することによって、人間らしく成長できます。
例えば、成長の過程で十分に養育者の愛情を受けずに育ってきた人間は、大きくなっても、やはり無償の愛をほしがります。大学のある先生が、「育てなおし」といって、幼少期に経験すべきものを経験せずに育ってしまった若者を、奥さんと一緒に十分に愛情をかけながら育て直しを行っています。
この近辺のある大学の先生もそう主張し、説いてまわってみえます。幸せな子育ては、そう難しいことではありません。ヒトの進化の過程や歴史、精神的な発達を振り返ってみれば、ある程度の道筋が見えてきます。
ただ、発達はかかわり(物や人、できごと)の中で行われるので、今子どもがどのような発達段階にあるのかということを見極めながら、今やその次の発達に必要な経験、それを積むための環境設定に腐心する必要はあります。
時代が変わった、時代の変化が非常に早い、大変生きにくい時代ですが、基本は変わりません。きちんとヒトの発達のプログラムに添い、発達に必要な経験をさせること(主体的に)でしっかりとした人間性が育ち、それがいわゆる学力や技術知識の獲得へとつながっていきます。
早く教え込めば、早く良く育つというものではありません。発達には適時性があります。いたずらに高度なものを子どもに求めるのでなく、地に足をつけた育ちの援助が大切ですね。