子どもの発達の適時性について①
子どもは、いつ何が発達するのでしょうか。年齢に応じた発達があることは、皆さんよくご承知のことです。現在の子どもの発達段階に合わせた成長の援助が大切なことは、容易に理解されることと思います。
たとえば、生後間もない赤ちゃんに、歩く練習をさせる人はいません。また、20歳を過ぎた若者にオムツをしたり、おんぶしたり、ご飯を食べさせてあげるようなこともほとんどありません。一部の青年の中には、幼少期に養育者から十分愛されなかったために、「育てなおし」の意味で、このような面倒を見てもらう人もいます。
極端な例であればよく分かるのですが、3歳4歳になり、ある程度大人に近い言動が可能になってくると、適時性というものが危うくなってきます。また、強制により何がしかの結果を得られることから、発達の順序性を無視した教え込みが始まる危険性が高まります。
しかし、人類の進化の過程が示すように、以前にも述べましたが、身体的進化や発達というものがあるように、認知的精神的進化や発達というものも存在します。それは、前者の進化や発達につれて後者も進化、発達してきたからです。子どもの発達を考えるとき、この前提を忘れてしまってはうまくゆかなくなってしまう恐れがあります。
たとえば、言語であれば、初語は1歳前後です。言葉らしい言葉として「マンマ」が全世界で共通のようです。そして、少しずつ語彙が増えていきます。その言葉を発したときにしゃべれたと言えるのですが、その言葉を発するまでに、子どもはその言葉を何回も聴き、使われている場面を何回も経験し、何時どのようにその言葉を発すればよいかを学んでいっています。
ため込んでいるといっていいでしょう。ため込んでいる時期は言葉を発しないので言葉を話せないと思われてしまいますが、経験の中から理解しつつある過程は、すでに言葉を習得しつつあるといってもよいのではないでしょうか。
言語として発せられないと周りの大人はその力があるかどうかがよく分かりませんが、そのため込みの時期を評価し理解してあげると、子どもは喜んで言語に親しむようになります。
たとえば、逆上がりは、くるんと回れて初めて回れたと言われますが、実はそれまでにえびのように反り返ったり、腕が伸びきってしまっていたり、補助版を蹴ってあがろうとしてもできなくて、腹筋の力で下肢を自分の頭上に持ち上げられなかったりする経験をたくさん積み重ねて、ある日、あるタイミングでできるようになります。ため込みの時期を大人がうまく援助してあげると、子どもは喜んで、あるいはプライドのために頑張ることができます。
実は、全ての能力がそのようなものであるかもしれないと懸命な皆様は、もうお気づきになられたことかと思います。できることはもちろん素晴らしい。でも、大切なのはそこまでに至るための「できない」という過程があるということです。それを充実した時間にしてあげることが、大きく伸びる子どもの力の芽を育てています。
幼稚園教育要領で述べられている、幼稚園で育てるものとしての心情・意欲・態度は、そのような意味で、伸びる芽、ため込んで大きく伸びるための縁の下の力持ち、最近の言葉で言えば「後伸びする力」と言えるでしょう。