発表会に向けて
2月17日に総合発表会を控え、子ども達は発表のための歌や器楽合奏、遊戯や劇の練習に取り組んでいます。お客さんの前で歌うことが分かっているので、ちょっぴり真剣に取り組んでくれています。
器楽合奏は、さまざまな楽器を使いますが、まずはいろいろな楽器に触れてみて、いろんな音が出ることを楽しむところから始まります。そして、お気に入りの楽器を選びます。楽器の種類と数が限られているので、希望者が多い場合はじゃんけんになります。この楽器を決めるときには、過去にもさまざまなドラマがありました。
大太鼓をやりたいという子どもがじゃんけんで負けてしまったとき、それでもやりたくて、泣いて泣いて悔しがっていました。その時の担任が、お願いしてみたらという声を受け、じゃんけんで勝った子に必死にお願いをしました。そうしたら、あまりの一生懸命さに負けて代わってくれたということもありました。
私たちは、理屈でものごとを考えてしまいますが、(例えば上記の例では、一旦決まったことを翻すことはおかしい。皆、合意で決めたことなのにと考える)果たして、人間が生きるということは、それだけで済ましても良いのでしょうか。
私は、一生懸命お願いして代わってもらった子どもは、代わってくれた友だちに大変な感謝の念を持ったことと思います。そして、代わってもらった嬉しさは、いつまでもいつまでも心温まる思い出として残っていくことでしょう。逆に国お願いされたときには、相手の気持ちをわかってあげられるようになるかもしれません。
代わってあげた子どもは、自分のやりたいことができなくなってしまったけれど、代わってあげた子の心から喜ぶ姿を見て、清々しい気持ちのなったことでしょう。人を喜ばせることができた経験は、生きていく上で大変貴重です。それは、自分がこの世に存在する意義につながっていくことですから。
様々な場面で、さまざまなこころの動きを経験することこそが、幼児が人間らしく育っていくために必要な経験だと考えます。
年中さんも、結構しっかりやってくれていました。年長さんは、さすがです。幼児期の一年の発達は、比べてみるととても大きいものです。毎日毎日、子どもの姿は昨日と今日と変わらないように感じていますが、365日後の姿は全く違ったものとなっています。
毎日毎日の積み重ねの大切さを感じさせます。
しっかりやるときはしっかりやり、楽しく遊ぶときは楽しく遊びます。発表会でのオープニングの練習ですが、年少さんたちも余裕があります。それは、やらされていないということだと思います。自分たちでやるという気持ちがあるからこそ、自分なりに頑張る姿が現れます。
お遊戯の振り付けは、子ども達もアイディアを出しながら、みんなで作り上げています。年長さんの劇の配役の名前は、自分で考えて決めました。なかなかしゃれた名前をかんがえてくれたので、びっくりしました。台詞の言い方も、それぞれに工夫され、個性があって楽しませてくれます。
子ども達と先生が一緒になって考え、一緒になって目標に向かって進んできたその成果をお見せすることができると思います。稚拙な内容かもしれません。でも、その裏にあるさまざまな経験で人として育ちつつある子どものしっかりとした足音をお聞きいただければ幸いです。