家庭教育学級第4回

「家庭で子どもを教育する際の心構え、子どもへの接し方」等を子どもの発達段階に合わせて学習する場を提供された4回目の学級の報告です。
この日は、「おもちつきを通して、親子が互いに触れ合い認め合う」ことを目的として開かれました。親子の関わりは、理屈ではうまくゆきません。それは、人間本来が理屈で生まれ育ってきたものでないということ、子どもは特に自然に近く、情緒的感覚的に生きている存在であることから、お互いに心と心で感じあうことが理解し合う第一歩ですね。
子どもは、何でもやりたがります(だから発達するのですが)。くどにくべる薪を作っていたところ、さっそく僕もやりたいとやってきました。
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一人がやっていると、次から次へとやりたがります。210131 家庭教育推進委員会4 004.jpgお持ちが蒸しあがるまで、親子で遊びます。210131 家庭教育推進委員会4 008.jpg年中さんになると、友達同士で遊ぶ楽しさも覚えていますので、自分たちで遊んでいます。210131 家庭教育推進委員会4 009.jpg子ども達も、おもちをつきました。210131 家庭教育推進委員会4 011.jpgでも、やっぱりお父さんの力強い杵さばきには勝てません。210131 家庭教育推進委員会4 012.jpgドスンドスンとつくお父さんの力強さを、子ども達はあらためて感じてくれたでしょうか?
何度も言いますが、幼児期には感覚的情緒的理解が大切です。それは、まずそのような具体的な形や記号でない雰囲気を捉えるところから始まるからです。そして、たくさんのイメージ情報がたまってくると、自分なりに情報整理をし理解していきます。言語の習得においてよく言われることですが、子どもが言語の習得過程において、誤った使いかたをすることがちょくちょくありますが、文法的には正しくて、慣用的用法に慣れていないだけのことが多いそうです。
つまり、子どもは莫大な言語情報を取得すると、それを自分なりに整理し自分なりの言語用法を作り上げるということです。そして、変則的な慣用用法について修正しながら、現在使われている言語(子どもが作り上げた体系のほうが正しい?)を習得していくのです。
そして、言語を手がかりに考えたり意思の伝達を図ることができるようになるわけですが、言語はあくまでも手がかりであり手段なのです。本質は、心であり情緒感覚です。これは心で受け止めてやらないと理解することができません。そのためにも、たくさんの共通体験、同じ場を過ごすことや、共感すること、相手の思いをその言動から心で直接感じる体験が大切ですね。
心配された天候でしたが、皆さんのお心がけのおかげで、このときだけとても穏やかだったことはとてもありがたく思っております。親子で楽しい時間を一緒に過ごす。簡単なようで、実は奥深く、互いの幸せのためにはとても大切だと思います。