お手伝い大好き !!
子ども達は、お手伝いが大好きです。はき掃除をやっていると、「手伝ってあげる、手伝ってあげる」と言って大人が持っているほうきを取り上げ、あらぬ方向にほうきを動かしてせっかく集めたゴミが散乱してしまったりします。作業を急いでいる大人にとっては大変な迷惑なのですが、子ども達は立派にお手伝いを成し遂げたと自慢げな表情をしています。
この日は、先生が廊下をモップできれいにしていたら、さっそく年中の子ども達が集まってきました。モップを貸してもらって大喜びです。でも、ちゃんとお掃除しようとしてくれています。どうして、3本モップがあるかというと、先生はもちろん1本しか使っていませんでしたが、3人来たのでどこからか調達してきたのでしょう。
子ども達なりに一生懸命やってくれています。ま、きれいになるかどうかは別として、子ども達の優しい心に感謝したいと思います。
また、一人やってきて4人になりました。モップは3本しかありませんが、子ども達の中で、上手に貸し借りができていました。これまでに、けんかになって嫌な思いをしたり、親切にされて嬉しく思った経験から仲良く遊ぶ術を学んできたり、一緒に過ごすことで仲間を好きになる気持ちが育ってきたからでしょうね。とっても楽しそうにみんなでお掃除を手伝ってくれています。
モップを洗ってくれているのは、年長のお姉さんたちでした。モップを洗うこともとても楽しそうですね。わいわい、お話をしながら洗っています。昔のお母さんたちの井戸端会議みたいな風景です。井戸端で食器を洗ったり、野菜を洗ったりしながらおしゃべりをしていましたね。(逆かな。おしゃべりのついでにお仕事を?)かわいいお嬢様方、お手伝いありがとうございました。
子どもの興味関心や満足と大人のそれとは随分ずれがあるので、気をつけて対応してあげたいものです。すなわち、仕事を手伝ってくれるものとは思わないことが大切かもしれません。子ども達はその言葉にかこつけて、自分のやってみたいことをやりたいだけで、飽きたらさっさとどっかに行ってしまいます。
でも、実は成長の芽はこんなところに隠されているのですね。モップをかけるというのはなかなか難しい作業です。床を満遍なく濡らすことがモップをかけるということでなく、湿ったモップで床に付いた汚れをふき取りきれいにする。力の入れ具合や、モップの湿り具合が汚れに応じて変わってきます。
でも、今はとりあえずモップを床に滑らせると、これくらいの抵抗感がある。じゃあ、こんな力で押し出さないと動かない。そんなことを、理屈ではなく感覚的に理解していっています。そう、この時期はすべてのことを実際にやってみて、どのようなものかを感覚的に理解する時期なのです。こういうことのたくさんの積み重ねが、言語や論理的思考のベースとなっていきます。
様々な感情もそうですね。いろんなできごとを経験する中で、心が躍ったり、縮こまったり、痛くなったり、温かくなったり、心揺さぶられることをたくさん経験することで豊かな情操も育ちます。教えたり、練習したりする中で育てることは難しいですね。
日本の幼児教育黎明期で有名な倉橋惣三は、「幼児のさながらの生活」を説いています。子どもは自らの伸びようとする力で成長していっています。明るく元気で能動的な幼児の生活が、もっとも子どもの発達には適していると私も考えています。
ただ、社会の変化に伴い身につけなければならないことも変わってきている事も事実です。人間本来が持っている普遍的な育ちと共に、社会の変化に伴う教育の中身については常に吟味していく必要がありますね。