私たちの身の周りには、様々な記号や文字があふれています。大勢の人が暮らしているこの複雑な社会を、快適に安全に過ごす為にはたくさんのルールが必要です。文章化されていない道徳やマナーのようなものから、憲法などの文章化された法律まで、たくさんのルールがあります。
子ども達もこの社会で暮らす以上、ルールを守る、あるいはルールを作るということに慣れ親しんでいく必要があります。そこで、まず、私たちの身近にどんな標識があるかを調べ、ルールの必要性を考えさせることになりました。
さっそく、出発です。首にかけているのはチェックシートです。見つけたものに印をつけていきます。
標識1.jpg「あんなところに、標識がある」
すぐに見つけました。標識2.jpg

チェックシートに、見つけた標識のところに印をつけていきます。
「けっこうあるね」標識3.jpg「あそこにも、ここにも!」次々に子ども達は見つけます。普段何気なく生活していると見落としてしまっている標識も、意識して探すと、見つかる見つかる、かなりの量ですね。標識4.jpgお店の看板や、垂れ幕も、私たちに何かを訴えようとしています。これは『ルール』ではありませんが、人に何かを伝えようとしている標識の仲間ですね。標識5.jpg一人一人、真剣に探してチェックしていっています。5歳児ともなるとこういうことにも興味深々です。標識6.jpg予想以上にたくさん見つかり、先生が事前に表にしてくれたもの以外のものもたくさんでてきました。裏に、自分で書き込んでいます。標識7.jpg道路にも、こんなに大きく書いてあります。標識8.jpg棒についているんじゃなくて、貼り付けてある。こんなものもあるのですね。標識9.jpgなんだか得体の知れないものを発見しました。標識91.jpg祠の中には、お地蔵様が祀ってありました。先生からその由来や意味を聞き、思わずお祈りします。標識92.jpgきっと、この方と子孫の皆様が、社会に対する感謝の気持ちから、道行く人の、また、近隣の人々の安全を願い建立されたのでしょう。ご立派な方々です。標識93.jpgゆっくり歩いていかないと、つい見過ごしてしまいそうです。
こういうものを見つけて、心が穏やかになることは、車中心の生活からは想像できません。私たちは、車や電化製品などの便利な道具を手に入れた代わりに、大切なものを失ってしまったのかもしれません。
本当は、人間は心で生きているはずなのに、体で生きることのみを求めすぎているのかもしれません。もちろん、体を維持することで心も維持できるのですが、必要以上に物質的欲望が高すぎ、精神的安寧の本質が理解できないままに生活してしまっているのかもしれませんね。
「イヌのフン おことわり!」
お断りなのは、当たり前ですよね。こんな標識をつけなければ自分のイヌのフンの始末もできないような人は、愛犬家とは言えません。標識94.jpg
私たちも社会の中で暮らす以上、社会に迷惑をかけることはしてはいけないということは当たり前ですね。人に分からなければよい、法律に書いてないからといって、人に迷惑をかけることを平気でしてしまう心貧しい人間には育って欲しくないですね。
「うーん、この標識はこの表の中にはないなあ」標識95.jpg結構あちらこちら見ていますが、子どもたちは飽きることなく、むしろより興味を持って取り組んでくれています。標識96.jpg横断歩道がありました。標識97.jpgここまで、標識や印について見つけたり話を聞いたり、自分であれこれ考えてきたからでしょうか。子ども達は、きちんとすぐに意味を理解してくれました。
「あれ、こんなのもある」標識98.jpg先ほどのイヌのフンの看板と意味は同じなのですが、書き方が違います。
こんなところからも、言葉の持つ様々なイメージを子ども達は感じ、自分のものとして取り入っています。
子ども達は、生活の様々な場面で様々なことを体験し感じ考え理解していっています。この標識探しが、ただ、単なるゲームではなくて、社会に暮らす一員としての意識を芽生えさせてくれました。
「ほら、こんなにあったよ」
標識99.jpgどの子もどの子も誇らしげです。
今後は、この活動をベースにさらに活動を展開をしていきます。その中で、さらに考える力、人を思いやる気持ちを育てていきたいと考えています。